宇山会長コラム

「循環するメタン:バイオからメタネーションまでの最前線」連載を始めるにあたって

21世紀の環境課題は、もはや一つの分野で語れるものではありません。気候変動、生態系の劣化、資源の偏在、感染症や食料安全保障、これらはすべて人間と地球のシステムが密接につながっていることを示しています。いま私たちは、「カーボンニュートラル」「ネイチャーポジティブ」「プラネタリーヘルス」という三つの軸から、地球と共に生きるための新しい産業構造を再設計しようとしています。
カーボンニュートラルはCO₂の削減だけを意味しません。エネルギー、化学、農業、廃棄物といった社会のあらゆる流れを「炭素の循環」として見直すことを意味します。ネイチャーポジティブは単なる自然保護ではなく、生態系が再生し続ける仕組みを人間の活動の中に埋め込むという挑戦です。そしてプラネタリーヘルスは地球環境の健全性と人間の健康・幸福を一体として捉える新しい価値観を提示しています。
その中で“メタン”は象徴的な物質です。強力な温室効果ガスでありながら、天然ガスの主成分として長らく社会を支えてきたエネルギーでもあります。いま再び、この分子を循環の担い手として見直す動きが世界的に広がっています。廃棄物やCO₂、再生可能水素からメタンを合成する技術、すなわちバイオメタン化やメタネーション(CO₂+H₂→CH₄)は再エネの貯蔵と炭素リサイクルを同時に実現しうる極めて現実的な道筋です。

今回、「循環するメタン:バイオからメタネーションまでの最前線」と題して、メタン循環を軸に科学と技術、政策と市場の最新動向を以下の7回にわたって紹介します。研究開発から社会実装へ、そして地域から地球規模へと広がる循環の輪を描きながら、「エネルギーの未来地図」をともに考えていきたいと思います。

第1回:全体像と位置づけ
第2回:バイオメタン〔技術動向編〕
第3回:バイオメタン〔世界動向・プラント編〕
第4回:化学的メタネーション
第5回:高度化と拡張(プラズマ・吸着強化・統合設計)
第6回:環境・経済評価
第7回:政策・市場設計と未来展望

サステナブル・ジャパン・コンソーシアム(SJC)は持続可能性を「理念」ではなく「実践知」として社会に根づかせることを目的に、企業・研究機関・自治体・市民を結びつける場です。本連載はそのコンセプトに基づき、メタンという一つの分子を通して、科学と産業、そして社会がどのように共鳴しうるかを探ります。

この連載が気候と生態系、産業と生活をつなぐ一歩となり、炭素の循環を軸にした新しい社会像を描く契機となれば幸いです。



宇山 浩 / 大阪大学 大学院工学研究科 応用化学専攻 工学博士

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