宇山会長コラム

「循環するメタン:バイオからメタネーションまでの最前線」第2回:バイオメタン〔技術動向編〕

―微生物が紡ぐ炭素循環のリアルテクノロジー―

バイオメタンをつくる現場では、化学反応の代わりに微生物たちが働いています。見えない世界の小さな生き物たちが、有機物を少しずつ分解し、最終的にメタン(CH₄)というエネルギー分子を放つ。このプロセスは「嫌気性発酵」と呼ばれ、酸素を使わない生命活動の集合体です。人間が制御できる「人工の湿地」と言い換えてもよいでしょう。

嫌気性発酵の段階と主役たち

嫌気性発酵は一つの反応ではなく、複数の微生物がリレーを行う多段階プロセスです。まず、複雑な有機物(セルロース、タンパク質、脂肪など)が加水分解菌により単糖・アミノ酸・脂肪酸に分解されます。次に酸生成菌がそれらを有機酸や水素、二酸化炭素などの中間生成物へ変換します。続く酢酸生成菌がこれらをさらに酢酸や水素・二酸化炭素へ整え、メタン生成菌が利用できる形にします。最終走者である「メタン生成古細菌(メタノーゲン)」がバトンを受け取ってメタンを生成します。
メタノーゲンには大きく二つの系統があります。ひとつは酢酸からメタンを作る「アセト型」、もうひとつは水素と二酸化炭素を使う「水素栄養型」です。前者は家庭ごみや下水汚泥などの高有機性原料で優勢になり、後者はガス発酵や水素添加型のシステムで主役になります。反応の全体はきわめて繊細な生態系の均衡で支えられており、温度(中温35〜40℃、高温50〜55℃)、pH(6.8〜7.5)、C/N比(20〜30程度)が崩れるとメタン生成は急激に低下します。

原料処理と発酵の安定化技術

嫌気性発酵の効率を左右するのが「前処理」です。たとえば稲わらや家畜ふんのようにリグニンを多く含むバイオマスは、そのままでは分解されにくい。このため、熱・圧力・機械・酵素などの手法で細胞壁を破壊し、微生物がアクセスしやすくします。特に高温蒸気爆砕やアルカリ前処理は有効ですが、コストや副生成物の発生も考慮が必要です。
また、共消化と呼ばれる技術も注目されています。たとえば下水汚泥と食品廃棄物、家畜ふんを同時に処理すると、栄養バランスが整い、メタン収率が向上します。実際、北欧では「酪農+バイオガスプラント+地域暖房」を一体化した事例が多く、地域循環の中核として機能しています。
一方で、発酵槽の運転ではアンモニアや長鎖脂肪酸による阻害が起きやすく、特に高濃度のタンパク質原料ではアンモニア中毒が問題になります。この対策として、pH制御や希釈、微量元素添加、段階発酵(二槽式)などが研究・実用化されています。微生物群集の構造をモニタリングするメタゲノム解析も進み、運転異常の早期検知に活用されています。

精製・高度化技術:バイオガスからバイオメタンへ

発酵槽から得られるバイオガスは通常、約60%のメタンと約40%の二酸化炭素、そして微量の硫化水素・水分・アンモニアなどを含みます。このままでは発電には使えても、都市ガスや車両燃料としては不十分です。そこで精製工程が必要になります。
代表的なのは圧力変動吸着(PSA)、膜分離、深冷分離の三方式です。PSAは吸着剤(活性炭やゼオライト)にCO₂を吸着させる方式で、高純度メタンを得られます。膜分離は高分子膜を通過する速度差を利用し、比較的小規模プラントにも適します。深冷分離は低温でCO₂を凝縮分離する方法で、大型施設や液化メタン(Bio-LNG)製造に向きます。
さらに、最近では副生成CO₂を分離・回収して別用途に利用する「カーボン・マネジメント一体型プラント」が登場しています。温室のCO₂施用や藻類培養、ドライアイス製造などに利用すれば、システム全体の環境効率を高めることができます。

生物学的メタネーション:H₂で進化する微生物反応

注目される新潮流が「生物学的メタネーション」です。これは発酵槽や専用反応器に水素(H₂)を供給し、メタノーゲンがCO₂とH₂からメタンを生成する仕組みです。前回紹介したサバティエ反応を、触媒ではなく生物で行うと考えればわかりやすいでしょう。再生可能エネルギー由来の電力で水を電気分解して得た水素を使えば、CO₂を再資源化するカーボンリサイクル技術になります。
この生物学的メタネーションには、発酵槽内にH₂を直接供給する「in-situ型」と、別槽で行う「ex-situ型」があります。前者は装置が簡単で導入しやすく、後者は制御性と反応効率に優れます。欧州では電解水素と下水バイオガスを組み合わせた実証プラントが稼働しており、日本でも研究が始まっています。微生物によるガス変換は低温・低圧で進行し、再エネの変動吸収にも適している点が魅力です。

副産物流の資源化とデジタル運転

発酵後に残る消化液や発酵残さも重要な副産物の一つです。消化液は窒素やリンを多く含むため、液肥として農地還元できます。汚泥は脱水・乾燥・炭化して土壌改良材や堆肥、あるいは固形燃料に利用可能です。これにより、廃棄物の最終処分量を減らし、地域資源の循環を完結させることができます。
また、近年は運転制御のデジタル化が急速に進んでいます。pH、ガス組成、流量、温度などをオンライン計測し、AIが最適条件を推定して制御する「スマートバイオガスプラント」が現れつつあります。ドイツでは稼働中プラントの半数以上がリモート監視・自動制御化されており、トラブル予兆検知のAI診断が実装されています。バイオメタン生産はもはや経験と勘に頼る時代ではなく、データ駆動型の精密プロセスへと進化しているのです。

終わりに:微生物と人間が協働する社会へ

バイオメタン技術の面白さは、化学プロセスのように一方向ではなく、生命活動そのものを制御する点にあります。微生物群集という「生きた反応装置」を理解し、環境条件を整えることで、私たちは自然の力を最大限に引き出せます。
いま世界では、バイオメタンが単なる再生可能ガスを超えて、「地域炭素マネジメントの中核」として位置づけられています。次回はこの動きを支える世界各地の導入事例や政策・制度の枠組みを概観し、バイオメタンがどのように社会実装されているかを探っていきます。
メタンの循環を担う微生物たちは、見えないところで静かに炭素の循環を保ち、人間社会のサステナブルな未来を支えているのです。

 宇山 浩  / 大阪大学 大学院工学研究科 応用化学専攻 工学博士              

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